ブランディング
1年半待たされて、もっと欲しくなった
情緒的価値とは何かを、15万4千円のカーディガンで説明する

昨日の採用セミナーで、1枚のカーディガンの写真を出しました。
「これ、いくらだと思いますか?」
チャットに答えが流れてきます。1万円。8,600円。2万6千円。3万円。だんだんセリみたいになってきました。
正解を出します。15万4千円です。
「え」という空気が伝わってきました。そりゃそうです。カーディガンですから。
でも僕は、これを喜んで買いました。 今日はその話です。
気仙沼で編まれたカーディガン
作っているのは、気仙沼ニッティングです。東日本大震災のあと、地元の女性たちが編み手になって立ち上がりました。
いちばん大事だと思っているのは、ここです。人は、仕事をしていないと自尊心を失う。 人の役に立っていないと、自分に価値がないと思ってしまう。災害で仕事を失ったのは、本人のせいではまったくないのに、です。
そこで「私たちにも何かできないか」と始まった。特殊な編み方で、糸もいいものを使っています。
でも正直に言いますよ。言うてもカーディガンです。 素材と技術だけでは、この金額にはなりません。
「308人がお待ちです。2年〜2年半かかります」
申し込んだのは、2018年2月24日。その日に届いた確認メールが、これです。

「MM01は、ただいま308人の方にお待ちいただいております。お届けまでに、2年~2年半ほど、お時間をいただくことになりそうです」
買う前に、これを言われるんですよ。2年半待てと。
普通なら、ここで冷めます。でも僕は冷めなかった。むしろ、この一文で好きになったんだと思います。
1年後、「あなたの前に76名です」
放置されたわけではありません。1年後の2019年3月、こんなメールが来ます。

「2019年3月現在、草間さまの前に、76名ほどお待ちいただいております」
308人が76人になっていました。行列が減っていくのが、見える。
何も進んでいないように見える1年のあいだに、僕の順番はちゃんと前に進んでいた。それが数字で届く。
2019年9月、「準備が整います」と連絡が来ました。申し込みから1年半です。
色は7色から選びます。生成り、ネイビー、チャコールグレー、赤、冬の海、春の海、オートミール。僕が選んだのは「冬の海」。色の名前からして、もう普通の商品ではないですよね。
東京の店で、寸法を測ってもらった
MM01は一人ひとりの寸法を測って編みます。身長、胸囲、ゆき丈、肩幅、二の腕一周、腹囲。全身の写真も送る。当時ちょうど東京にも店ができていたので、そこへ採寸に行きました。


そして12月、こんなメールが来ました。
「草間さまのMM01は、編み手のきょうこさんが編ませていただきます」
編む人の名前が、来るんですよ。
編んでいる途中の写真が、届き続ける
ここからが本当にうまいと思うところです。届いたメールの件名を、そのまま並べます。
ここからが本当にうまい。届いたメールの件名です。
| 日付 | 件名 |
|---|---|
| 12/03 | 編ませていただく編み手が決まりました |
| 12/21 | MM01の前身頃を編んでいるところです |
| 12/26 | MM01の後ろ身頃を編んでいるところです |
| 01/07 | MM01のお袖を編んでいるところです |
| 01/14 | MM01が編み上がりました |
| 01/28 | MM01を発送いたしました |
前身頃。後ろ身頃。お袖。 パーツが編み上がるたびに、写真つきで連絡が来るんですよ。
普通の商売なら、待たせている時間はマイナスです。クレームの温床でしかない。でもこの2か月は逆でした。きょうこさんが、僕のためだけに編んでいる時間として過ぎていく。待つほどに、そのカーディガンは僕のものになっていきました。
届いたのは2020年1月28日。申し込みから1年11か月です。
支払いは、前金75,600円、届いてから後金77,000円。「商品がお手元に届き、もしご満足いただけるものでしたら」後金をお支払いください、と書いてありました。
合わせて152,600円。セミナーで「15万4千円」と答えたのは、この金額です。
これが「情緒的価値」です
機能的価値は、暖かい、軽い、丈夫という性能の話。ここで勝負すると必ず比較されます。同じ暖かさで3万円のものが出てきたら、負ける。
情緒的価値は、誰がどんな思いで作っていて、買うことで自分が何に加わるのか。ここには比較する相手がいません。
もうこの時点で、僕が買ったものはカーディガンではありませんでした。人とのつながりであり、あの土地の力になりたいという気持ちです。だから高いとも安いとも思わない。比べる相手がいないので。
そして今、値段は上がっている
この記事を書きながらMM01のページを見に行って、声が出ました。
198,000円(税込・配送手数料別)
僕が払ったのは152,600円です。4万5千円、上がっている。
しかも条件は強気です。申し込むと半金の99,000円を10日以内に前払い、編みはじめたあとのキャンセルと返品はできません。手編みなので当然ではあるのですが、まだ現物がないうちに10万円払って、途中でやめられない契約に、いまも人が並んでいる。
なぜ値上げできるのか。「同じものを、もっと安く」が存在しないからです。だから値段は、原価でも相場でもなく、その会社が続いていくために必要な額で決められる。
値引き競争から降りるというのは、要するにこういう状態を自分でつくるということです。
経営に置き換えると
昨日のセミナーは採用がテーマでした。この話をそこでした理由も同じです。
給与や休日は条件=機能的価値です。条件で人を集めると、条件のいい会社が現れた瞬間に抜かれます。でも「この会社で働きたい」は、ほとんどが情緒的価値から始まっている。誰がやっているか、何のためにやっているか。採用も商品も、構造はまったく同じでした。
今日できる一歩
自社がお客さまを「待たせている時間」に、何を届けているかを確認してみてください。
工事中、制作中、納品待ち。何も送っていないなら、その時間はただの不満です。でも「いまここまで進んでいます」を1回送るだけで、待ち時間が関係をつくる時間に変わる。気仙沼ニッティングが2年かけてやっていたのは、それでした。
なお僕は、気仙沼ニッティングとは何の関係もありません。順番を待った客のひとりです。注文の前に読んでほしいことというページの書きぶりが、いちばん好きです。
さあ、いこうか😆
P.S.
届いたのが2020年1月28日。その1か月後に、世界がコロナで止まりました。 ぎりぎりのタイミングだったんだな、といま気づきました。あれから6年、このカーディガンはまだ現役です。